千葉地方裁判所 昭和38年(レ)36号 判決 1964年2月15日
○当事者
控訴人
高石泰治
右訴訟代理人弁護士
石井麻佐雄
被控訴人
須藤一
右訴訟代理人弁護士
安達幸次郎
○主 文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審における新たな請求をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和三八年九月二〇日なした強制執行停止決定を取り消す。
前項にかぎり仮に執行することができる。
○事 実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人から控訴人に対する千葉簡易裁判所昭和三二年(ノ)第八九号建物所有権移転登記手続ならびに家屋明渡調停事件の調停調書に基づく強制執行はこれを許さない。申立人被控訴人、相手方控訴人間の右調停事件につき昭和三三年七月一四日成立した調停は無効であることを確認する。仮に右調停が無効でないとすれば、被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の建物について千葉地方法務局昭和三三年八月二二日受付第一一、一〇九号をもつて被控訴人のためになされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
控訴代理人は、本訴請求原因として、つぎのとおり述べた。
一、被控訴人は昭和三二年一二月二〇日ごろ、控訴人に対し千葉簡易裁判所昭和三二年(ノ)第八九号建物所有権移転登記手続ならびに家屋明渡請求の調停を申し立て、数回の調停委員会を経て昭和三三年七月一四日右当事者間に左記調停条項等による調停が成立した。
調停条項
(一) 控訴人は別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)が現在被控訴人の所有であることを承認し、本日付売買による被控訴人への所有権移転登記手続を昭和三三年七月三一日限りなすこと。
(二) 被控訴人は控訴人に対し本件建物を昭和三三年八月一日から向う五年間賃料一か月金六、〇〇〇円(毎月末日限り被控訴人方へ持参払い)の約で賃貸すること。
(三) 控訴人が前項の賃料の支払を三か月分以上延滞したときは、被控訴人においてなんらの意思表示を要せず右賃貸借契約は当然解除となり、直ちに建物明渡の強制執行を受けるも異議がないこと。(以下省略)
理由
一、被控訴人を申立人、控訴人を相手方とする千葉簡易裁判所昭和三二年(ノ)第八九号建物所有権移転登記手続ならびに家屋明渡調停事件につき昭和三三年七月一四日控訴人主張のような条項等をもつて本件調停が成立したことは当事者間に争がない。
二、そこで、本件調停はその成立につき要素の錯誤があるから無効であるとする控訴人の主張について判断する。
本件調停の申立は、国吉庸太郎が控訴人から譲り受けた本件建物をさらに被控訴人が国吉から譲り受けてその所有権を取得したことを理由としてなされたものであるところ、控訴人において初めは本件建物の所有権は控訴人に属するとして被控訴人の所有になつたことを争つていたが、後にこれを認めて本件調停が成立するに至つたものであることは当事者間に争がない。してみれば、右調停において争の目的とされた権利は本件建物に対する被控訴人の所有権であるということができる。
控訴人は、調停成立の際、多分は本件建物の所有権が控訴人から国吉へ、国吉から被控訴人に順次移転せられたものと思つて被控訴人の所有権を認め右調停に応じたものであるが、後に右のような各所有権移転の事実がなく、したがつて本件建物の所有権は当時やはり控訴人にあつて被控訴人にはなかつたことが判明したので、本件調停は控訴人の認識の誤りにより要素に錯誤があつたものとなすけれども、調停において当事者間に合意が成立しこれを調書に記載したときは、その記載は裁判上の和解と同一の効力を有するものであるが、右当事者の合意は一面において私法上の和解契約の性質を有するものであるから、和解に関する民法第六九六条の規定は調停における合意についてもその適用があるものと解するのが相当であり、前記のとおり控訴人、被控訴人間に承認された本件建物に対する被控訴人の所有権は右調停における争の目的とされた権利に該当するから、仮に本件建物の所有権につき後日控訴人主張のごとき事実が判明したとしても、本件調停により、右所有権は控訴人から被控人に移転したこととなるので、同所有権につき控訴人主張のごとき認識の誤りは存しなかつたことになるのであり、したがつて控訴人の右錯誤の主張はそれ自体理由がない。
三、つぎに、控訴人は、同人と国吉間の本件建物の売買が公序良俗に反して無効であるから、本件調停も無効であると主張するので、この点について判断する。
本件調停が成立した以上、仮に右調停および国吉と被控訴人間の売買に先行する控訴人と国吉間の売買が無効であるとしても、前項記載と同一の理由をもつて調停により本件建物の所有権が控訴人から被控訴人に移転したものと認めることができるから、被控訴人にその所有権のないことを前提とする控訴人の右無効の主張は理由がない。
四、つぎに、本件調停は中間者の同意なき中間省略登記をなすことをその一内容としているから無効であるとする控訴人の主張について判断する。
登記は本来あくまでも真実の権利変動の過程どおりになさるべきで、権利変動の終点たる当事者は起点たる当事者に対し当然には中間省略登記をなすべきことを請求し得ないし、仮にこの両者が右中間省略を合意しても、中間者が同意しないかぎりは、中間省略登記をなし得ないと解すべきである。
そして、本件調停においては、本件建物について控訴人から被控訴人に直接所有権移転登記をなすことをその一内容としておるから、同所有権が控訴人から国吉へ、国吉から被控訴人へ順次移転したものとするならば、右は中間省略登記の関係にあたるものではあるが、仮に控訴人主張のごとくその中間省略登記をなすことにつき中間者たる国吉庸太郎の同意がなかつたとしても、右は単にその中間省略登記をなすことの合意が無効か否かの問題にすぎず、これによつて本件調停全部が無効となるべき理由は全く考えられないから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。
五、さらに、本件調停調書に基づく強制執行は信義誠実の原則に反し、権利の濫用として許されないとする控訴人の主張について判断する。
以上のように本件調停は無効ではなく有効に成立したものであるから、これが調停調書に基づいて強制執行することは被控訴人の正当な権利の行使というべきであつて、これをもつて信義誠実の原則に反するとの理由は到底認めることができないから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。
六、よつて、本件調停調書に基づく強制執行の不許および本件調停が無効であることの確認を求める控訴人の請求はいずれも失当である。
七、さらに、予備的に、控訴人は本件建物につき被控訴人のためになされた所有権移転登記の抹消登記手続を求めているので、右請求の当否について判断する。
被控訴人が本件調停調書に基づいて本件建物につき千葉地方法務局昭和三三年八月二二日受付第一一、一〇九号をもつて控訴人から被控訴人に対する所有権移転登記を経由したことは被控訴人において明らかに争わないから、これを目白したものとみなす。そして、控訴人は、右は中間省略登記であるにかかわらず中間者の同意なくしてなされた無効の登記であると主張する。思うに、本件調停に創設的効果を認めるとすれば、本件建物の所有権は前記のごとく控訴人から被控訴人に直接移転したものであるから、登記は権利変動どおりになされたものであつて当然に有効であり、本件調停を確認的性質のものとすれば、同所有権が控訴人から国吉へ、国吉から被控訴人へ順次移転したことを認めたものであるから、控訴人から被控訴人へなされた前記登記は正に中間省略登記の関係にあるというべきである。およそ中間省略登記は中間者が同意しないかぎりこれをなし得ないものではあるが、中間者の同意なき中間省略登記といえども、それが既になされ、しかも現在の実体関係に符合する以上、中間者がその無効を主張し得ることのあるは別として、当初の登記義務者は自ら進んでこれをなしたものであつて、右登記の無効を主張するにつきなんら正当の利益を有する者ではないから、その無効を主張し得ないものと解すべきである。今本件についてこれをみるに、前記登記は本件建物が被控訴人の所有に属するという現在の実体関係に符合しているから、仮に右登記が中間者たる国吉の同意なくしてなされたとしても、当初の登記義務者たる控訴人は右登記の無効を主張するにつき正当の利益を有せず、その無効を主張し得ないものというべきである。
したがつて、この点に関する控訴人の主張も理由がなく、同登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は失当である。
八、控訴人は、当審において、原審における強制執行不許を求める請求のほか新たに本件調停の無効確認および予備的に中間省略登記の抹消登記手続を求める請求を付加しているから、右執行不許を求める部分については本件控訴を棄却すべく、当審における新たな請求はいずれもこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を、強制執行停止決定の取消およびこれが仮執行の宣言につき同法第五四八条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 堀部勇二 裁判官 岡村利男 裁判官 辻忠雄)
目 録(省略)